飼育観察

採集〜飼育するなら繁殖(累代飼育)に挑戦することが、その生態を知る一番の近道



クモガタガガンボの一種
Chionea sp.

冬期(11月下旬〜翌年3月上旬)に現れるガガンボの一種。
(北海道の発生のピークは12月初旬〜1月上旬)
前翅は退化しており、痕跡翅となっている。(後翅は他の双翅目と同様に平均棍となる)
「氷河期の生き残り」ともいわれるが、北海道では丘陵地〜山地で普通に見ることができる。
腹部先端に細く尖った産卵管を持つのが雌、把握器(交尾器)を持つのが雄。

生態の詳細はこちら↓
クモガタガガンボの一種


<飼育目的>
クモガタガガンボは研究者が少ないのか、文献なども僅かで、その生活史はほとんど不明とされている。
今回、飼育によりクモガタガガンボの産卵→孵化→幼虫→蛹→羽化までの生態を観察し、野外での生活史を解明する手がかりを見つけ出すことを目的とする。
またクモガタガガンボは野ネズミのトンネル(巣穴)内に産卵する」という説がある。
論文などにもあるので実際そうらしい。
それならば、幼虫が成長するための必要な要因があり、本当に野ネズミの巣穴に依存しなければならないのかについても調査する。



採集
12月下旬〜翌年1月上旬まで交尾〜産卵前と思われる個体を雌雄共に10個体ほど数回に分けて採集した。
採集個体は全て雪上を歩いているものを採集。
場所は札幌市の丘陵地、時間は午前10〜午後1時の間で、無風の晴れた日を選んだ。気温は−4〜4℃くらい。
クモガタガガンボは単独で雪上を歩いていることが多く、広く散らばっているようにみえるが、雪の窪みや幹と雪の間に出来た隙間に隠れている個体もいることを考えると意外と密度が濃い可能性がある。また厳冬期なので気候の変化に対応するため発生時期をずらしていることも考えられる。

(写真は採集地)

飼育環境

発酵植物を用いた飼育環境

<成虫の産卵から幼虫の飼育>
気密性の高いタッパーウェアに湿らせたキッチンペーパー数枚重ねて敷き、その上に餌を配置。

餌は最初、植物(キャベツ・白菜・レタス)を発酵させたものを使用していたが、最終的にカビやアンモニア臭が発生するほど腐敗してしまい、幼虫が死んでしまうため管理が難しい。
新鮮なエゾシカの糞を冷蔵庫で保管し発酵させたものが羽化まで安定した成果が得られた。(先に冷凍庫で凍結させダニなどを駆除する)

キッチンペーパーは産卵床や幼虫の住みかにもなる。

飼育容器は涼しい環境で保管(約15℃)
照明の必要はない。

発酵させた植物(野菜)

発酵させたエゾシカ糞

成虫の飼育
成虫の後食
成虫は水しか飲まないとされているが、クワガタ用の昆虫ゼリーを与えてみると好んで吸う姿が確認された。(写真左)
推測に過ぎないが、自然下でも水から有機物など僅かな栄養を得ているのではないだろうか。
水分だけで一ヶ月以上も厳しい環境を生き抜くというのはやや疑問が残る。
また水分のみの吸収(後食なし)なら、羽化時には既に成熟していると考えられる。

水分補給をするので、排泄(尿)もする。雄は把握器の上部に水玉を出し、その後、腹部を地面に付けて歩きながら拭き取るような行動を確認した。
排泄物は無色透明の液体。
成虫の寿命
飼育下では7〜10℃で10〜20日、−1〜5℃で30〜40日程生きた。(最長飼育記録は69日♂)
産卵後の雌は次第に弱っていくが、雄は交尾を繰り返し行う事ができ、寿命も雌より長い傾向がある。
低温や強風、夜間は、脚を折りたたみ活動をしないでエネルギー消費を抑えているらしく、一日にこの時間が長いほど寿命が長くなるようだ。逆に頻繁に活動する時間が長いと寿命が短い傾向にある。
自然下でもかなり長生きできると思われるが、急激な気温の変化で早期に死んでしまう個体も多いだろう。

成虫の種類
北海道には現在チビクモガタガガンボとニッポンクモガタガガンボの2種が分布していることになっているが、調査研究が進んでいないため実際に何種分布しているのかは不明。
採集場所では「体色は黒褐色・小型(3.5〜4mm)」と「体色は黄褐色〜黒褐色・大型(5〜6mm)で、雄の後腿節が太い」と「体色は黄褐色・大型で、雌の産卵管が短い」の3タイプが見られたが、個体差か別種なのかはここでは判断できない。
また、成虫は気温の低下により黄褐色から黒褐色へと体色の変化(黒化現象)が見られ、飼育下でも黒化の確認はできたが、同じ条件でも全てが変化するとは限らない。特に大型の個体は黄褐色のまま変化がない個体も多い。

繁殖
交尾
雄は体をくの字に曲げて、把握器(交尾器)で雌の産卵管を挟み、雌と同じ方向を向くように交尾する。

雌雄を一緒にすると、すぐに交尾をする。飛ぶことができない上に、活動条件など厳しい環境から、雌雄が出会う確立が低いためだろう。
交尾中も移動をするが、体勢から主導権は雌にある。
雄は引きずられないよう必死に雌に合わせて歩いている。

小型種の交尾

大型種の交尾
雌の産卵管の位置について
産卵管が地面と平行に向いている個体(写真@)と、突き上げるように上に向いている個体(写真A)が確認できる。
自然下では、早期(12月)には前者が多く、1月を過ぎると後者が多くなるが、更に遅い時期には前者が増えている傾向にある。
産卵管の位置は交尾・産卵になんらかの関係があるのではと推測するが、調査不足で確証に至っていない。


写真@ (2008/12/17撮影)

写真A (2010/1/13撮影)

採集時(12月下旬)の個体は全て産卵管が平行であったが、飼育していると後者が増えてきた。そして産卵後から寿命を迎える頃には平行に戻る。
例外はあるが、受精完了し産卵準備が整う時期になると産卵管は垂直に向くのではないだろうか。
産卵管を上げる理由は、蝶のように交尾拒否の意思表示とか・・・?
(以下は推測)
・前期(羽化後〜交尾前):産卵管は平行
・中期(交尾後〜産卵期):産卵管は垂直
・後期(産卵終了〜寿命):産卵管は平行

産卵
産卵管を何度も刺し入れしながら1つずつ産卵する。
飼育では、キッチンペーパー内やエゾシカ糞中に産み付ける。
産卵管が刺し込める柔らで湿った場所を選んで産卵するので、自然下でも同様の場所を産卵場所としていると思われる。
雌の腹部には200個近い卵が詰まっている。

(2010/1/13撮影)

(2015/12/4撮影)


(2010/1/16撮影)

(2010/1/16撮影)
形は米粒状で白色。
写真左の卵は、大型成虫のもので卵の長さは約0.7mmほどであったが、小型成虫では卵は小さく大型個体の2/3程となっていた。
写真右は、湿ったキッチンペーパー内に産み付けられた卵(矢印)
産卵したキッチンペーパーが低温で凍結しても、問題なく孵化に至っているので、ある程度は耐寒性があると思われる。
孵化間近になると卵の色は褐色を帯び、先端部が黒くなる。これは黒い幼虫の頭部が先端部に位置しているから。

幼虫
幼虫の形態と性質
体色は半透明の白色で表皮は薄く軟らかい。大きさは1.5mm程の細いウジムシ状の幼虫で這い回るように移動する。
飼育での卵期は約30日であった。
5〜10℃が孵化の目安と考えたら、自然下での卵期はもっと長く、3〜4月上旬くらいに孵化するのではないだろうか。
幼虫は、水をたっぷりと含んだキッチンペーパーの裏面と容器の間に潜んでいることが多いので、乾燥に弱く、日陰でかなり湿った場所を好む習性がある。
光を感知することができるらしく、光を当てると隠れたり潜り込んだりすることから負の走光性がある。
水中でも少しの間は動き回ることができ、湿っていれば垂直な面も上ることもできる。
(水中で30分間は問題がなかったが、長時間の場合は溺死する。)

幼虫の低温耐性
低温(氷点下)を嫌うようで、潜んでいるキッチンペーパーが氷結しそうになると、一斉に上面へ逃げ出した。
試しに数個体の幼虫を−5℃で20分放置し、その後、解凍すると全て動き出した。
60分放置後解凍の場合、一部再び動き出す個体もいたが大部分は死んでしまった。
以上の結果から、少しの低温耐性が認められるが、時間が経過するほど生存率は低下していく。
産卵場所を考慮して厳冬期での孵化(幼虫の生存)は考えられないだろう。

幼虫の飼育
幼虫は発酵植物を食べるが、腐敗やカビの生えたものには弱い。
床材のキッチンペーパーに餌の養分が染み込み、分解され泥状になった環境は、幼虫が好んで集まり、潜り込むため、成長に適した環境になっていると思われる。この環境を維持できるかが重要。

卵から半分ほど出てきた幼虫(2011/2/12撮影)


体長が1.5mm程の孵化して間もない幼虫(2010/2/9撮影)


孵化して間もない幼虫(2010/2/9撮影)


5mm程に成長した幼虫(2010/2/20撮影)
褐色の内容物が確認できるため、餌はしっかりと食べているようだ。


左と同じ個体。
頭部付近の黒色部分は咽頭骨格。(2010/2/20撮影)


7〜8mmに成長した幼虫(2020/2/16撮影)
このサイズに成長すると、体色に変化が見られる。
透明感が欠け、濁った乳白色または灰褐色を帯びる。


7〜8mmに成長した幼虫。
このサイズで成長が止まる。(2020/2/16撮影)

4mmに収縮した幼虫(2020/2/16撮影)
7〜8mmに成長した幼虫はその後、徐々に3〜4mmまで収縮していき、蛹化までこの状態を維持する。
動きは緩慢になり餌をほぼ食べない。

蛹の形態
体長は約4mm 体色は白色で複眼部分は黒色。
体は柔らかく、乾燥に弱い。光を当てると反応して動く。
幼虫期間は飼育下で2ヶ月〜6ヶ月(飼育環境で差が生じる)
蛹の時点で明瞭な雌雄の差が生じ、腹部末端が縦に割れているのが雄で、長く尖るのが雌。

「発酵植物」「エゾシカ糞」と「野ネズミの糞」のどちらで飼育しても蛹化した。


蛹♂(2015/6/1撮影)


蛹♀(2015/6/19撮影)
羽化
新成虫
蛹化してから飼育温度を10℃以下に設定した。
蛹期間は30〜40日
初冬型のフユシャクのように秋に気温が低下してから蛹化し初冬に羽化するのではないだろうか。


考察
これまでの飼育結果から、幼虫が成長できるのに適した環境は、日陰で冷涼で多湿な土壌(腐葉土層)と推測できる。
幼虫は乾燥に弱いので、地中に掘られた野ネズミの巣の内部は多湿で最適だが、これは巣特有の環境ではない。
森林内の腐葉土層では普通に見られるであろう環境で、幼虫の餌も巣の中のみにある物でもない。
「発酵植物」「エゾシカ糞」と「野ネズミの糞」のどちらで飼育しても蛹化することから、野ネズミに依存しなくてもよい事が考えられる。
野ネズミの巣内には幼虫の成長に適した環境があるが、基本は林床に産卵し、そこで発酵植物や植物の根などを食べて成長する。
雪で覆われた場所では野ネズミの巣が地表と直結する場所となるので、巣穴が見つかれば格好の産卵場所となるということだろうか。
自然下でエゾシカの糞での成長は分解が早いため可能性が低いと思われる。

参考文献
朝比奈英三(1991) 「虫たちの越冬戦略」 北海道大学図書刊行会
安保 健治 (1952) 雪上に棲むクモガタガガンボの観察」 新昆虫5(2)
安保 健治 (1962) 雪の上で活動する昆虫、特に砂川市付近に発見されるくもがたががんぼについて」 砂川市郷土研究会誌

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